リバーズ・エッジと1993年の東京

2019年6月16日

2018年2月15日に公開された映画「リバーズ・エッジ」について。
(多分ネタバレしてるんで、まだ観ていない人はそのつもりで読んでください。)

岡崎京子原作の漫画「リバーズ・エッジ」が行定勲監督、二階堂ふみ主演で映画化された。90年代前半の東京シーンは2018年にどう映るのかと見る前は思っていた。

映画そのものは原作に忠実で、途中で役者のインタビューが挟まっていた以外は特段オリジナルな部分はない。

原作は1993年から1994年にかけて雑誌「CUTiE」で連載されたもの。数ある岡崎京子作品のなかでも、この作品は特に神格化されていて、その理由は1995年のオウム地下鉄サリン事件以降、明確に狂気を帯びた日本社会を予兆するような内容だからと指摘する人もいる。

予兆と言っても、テロ事件が描かれているわけではなく、荒唐無稽な狂気があるわけでもない。若者の心が徐々に壊れていっている(年長世代から見て)ことを敏感に感じ取った岡崎京子が、「一見、いつもと変わらない日常に見えて実はもう壊れている社会」をオウム事件以前にいちはやく描いていて、それがある種の文学的な評価の根拠になっているのだと思う。

私は1993年に高校1年生、いわゆるコギャル世代ど真ん中で、学年としては作中の若草ハルナや山田一郎の1学年下になるけれども、映画の中のセリフになんとなく当時の空気を思い出す部分があったので、1993年という時代について、少し書いてみようと思う。

1993年分水嶺説

宮台真司氏がよく「1986年分水嶺説」を唱えていて、これは1986年生まれを境に若者の質が劣化し始めたといったようなことを意味しているらしい。それについては、賛同する部分もあるし違うんじゃないかと思う部分もあるんだけど、私は1993年分水嶺説を唱えている。

これは1993年生まれ以降の若者が・・・という話ではなく、1993年を境に日本のサブカルチャーの質が変わったよね、という話だ。

まず1993年は、「J」が流行語になったことでエンターテインメント界で数十年に一度のパラダイム・シフトが起こった年だということ。なにが起こったのかというと、日本人に「自分たちはJなんだ」という概念が歴史上はじめて生まれたのである。

「J」とは「Japan」の意味で、きっかけはJリーグ誕生だ。1993年のJリーグ誕生が異常なブームを生み出したことで、「自分たちはJ(JAPAN)」なんだという意識、つまり「外から見た日本」を日本人が初めて強く意識した。自分たちがいまいる場所は日本であり、JAPANだという意識。外から見たときの価値を見直し始めたみたいな感じかな。

Jリーグ誕生と時を同じくして「J-POP」という単語も急速に普及し始めた。いままで「邦楽」とか「歌謡曲」とか呼ばれて下に見られていたものをJ-POPと呼ぶことで、新たな価値が生まれたのだと思う。

そして1993年当時、渋谷を席巻していたチーマーは「TOP-J」と名乗っていた。実は「TOP-J」には「JAPAN」の意味はなく、ジェノサイド(Genocide)を間違えて「J」と表記しただけらしいのだけど、「J」の方が響きがいいしイマドキっぽいからそうなってしまったのだと解釈している。

日本でありJAPANという2つの概念が並行する世界は、若者の日常に何をもたらしたのか。

日常に例えて言うと、学校帰りに通る渋谷駅は「渋谷」だけど、コギャルの格好をしてコギャルの友達とツルんでいるのは「SHIBUYA」という街で、「SHIBUYA」にいるときの私が本物の私みたいな意識。地名としての渋谷と、若者文化の最先端、象徴としてのメタ化した渋谷という2つの意味の中に生きている感覚に近いかもしれない。

これが行き着くところまで行くと、「学校にいるときの自分は本当の自分じゃない」という行動になって表れるのだと思う。学校みたいなダサい場所で本当の自分なんか見せられないということかもしれない。そんな意識が当時の渋谷という街の熱狂に拍車をかけていたと思う。そして1993年のセンター街は「SHIBUYAという街の晴れ舞台」として機能していた。

渋谷という街に単なる地名以上の意味が生まれたのは、「外から見た渋谷の価値」が見直されたからだと思ってて、そのきっかけは「J」が流行語になった1993年の空気なんじゃないかと。

ついでに書いておくと「渋谷系」という単語が生まれたのも1993年なんだよね。渋谷系という単語が生まれる以前にも渋谷系の音楽は存在していたのだけど、要はネーミングを通して自分たちの手元にあるものの価値を見直そうという気運が1993年を境に生まれたということではないだろうか。

1993年の東京

「リバーズ・エッジ」にも、1993年以降の若者意識が描かれている。

たとえば山田一郎は河原の死体を神聖視して「宝物」と呼んでいるのだけど、学校ではまったくと言っていいほど、本音や人間らしさを見せない。つまり「学校にいるときの僕は本当の僕ではない」けど、死体を眺めているときの自分は本当の自分、ということなんだと思う。

普通の人の感覚で言うと、本当の自分になれるのは渋谷にいるときだけ、みたいな感覚かなと想像する。

リバーズ・エッジ登場人物で、河原の死体を見たのは山田一郎、吉川こずえ、若草ハルナの3人だけど、この3人だけが本当の自分を見せあった魂の結束で、それ以外の人間関係は上辺でしかない。

若草ハルナと観音崎は意外なほどあっさり別れるんだけど、もともとが上辺の付き合いでしかないから当然なんだよね。山田一郎と田嶋カンナも上辺だし、観音崎と小山ルミも上辺、若草ハルナと小山ルミも上辺。

これは自分の高校時代、90年代を思い返しても納得できる描写だ。当時の東京には携帯電話もインターネットもなかったけど、コギャル、チーマー、スケーターとか、いろいろなジャンルで学校の枠を越えた似た者同士のネットワークがあって、もちろん学校が同じだから仲がいいみたいなことはあるんだけど、本当の自分を見せるのはそのネットワークの中にいる者同士だけみたいな現象が発生していた。

本当の自分を見せる魂の結束には、死体を見るほどの強い衝撃を共有しなければならない。これはすごくハードルが高いのだけど、逆説的に家族、学校、地域のコミュニティがすでに1993年当時でさえ崩壊していたことを岡崎京子が独特の嗅覚で感じ取っていたから、こういう描き方になっているのだと思う。

1993年当時、すでに東京では家族、学校、地域というコミュニティは崩壊していたのだ。

日本人がリアルに感じるコミュニティの崩壊って21世紀になって顕在化したものだけど、1993年に高校生だった僕らが40代になっているわけだから、もう日本の大半が壊れていて手遅れなんだよねっていう。

そんな当たり前の事実を2018年にもう一回見せつけられるっていうのはゲンナリする部分もあるんだけど、1993年にすでに無意識的にしろそれを作品に落とし込んでいた岡崎京子の鋭さがやっぱり普通じゃない。当時は「コミュニティの崩壊が~」なんて言っている人、いなかったわけだから。

山田一郎はなぜ焼死体になった田島カンナを好きと言ったのか

ラストに至る急展開は観た人によって解釈は異なってくると思う。

田島カンナが焼死体になるシーンを見た山田一郎が不敵な笑みを見せて、若草ハルナと山田一郎が歩きながらシーンでは死体になった田島カンナを生きている田島さんより「ずっと好きだよ」と言うんだけど、この理由ってなんだろうとずっと考えている。

ストーリーに即して考えれば、山田一郎は河原の死体を見てホッとしていたなんてセリフがあったはずだから、生きている人間より死んだ人間の方が好きなのか、みたいな解釈が妥当な気もするけど、いまひとつしっくりこない。

文学的な解釈ではなくて、自分が高校生の頃を思い返すと、高校生ながらに肩書が重要だったのを思い出す。「チーマー」「コギャル」「ヤンキー」「スケーター」「バンドマン」「ダンサー」「DJ」「野球部」「サッカー部」とか、そういう類のものだ。

「お前何やってるの?」「スケーター」みたいな挨拶を、名刺交換みたいにしたものだった。こういう肩書がない奴のことを僕らは「パンピー」、つまり一般ピープルと呼んでいた。そこらの高校生なんて全員パンピーだろうがwというツッコミはさておいて。

より当時の空気を正直に伝えると、パンピーを明らかに見下していたと言ってもいい。「バンドマン」とか「スケーター」なんて名乗った者勝ちみたいなものだから、その程度で見下す見下されるみたいな関係が意味がわからないと、この歳になると思うのだけど、要は熱中できるなにかを持っていて、それに連なるコミュニティやネットワークに属している奴はエラいみたいな風潮があった。

山田一郎のセリフはこのノリに近いものがあるのかななんて思ったりもする。

田島カンナは死んだことで、一見どこにでもいそうな女の子というパンピーから焼死体という肩書き付きのスゴい奴になったから山田の見る目が変わったみたいなことなのではないかと。

まったく根拠はないんだけど、高校生が考えるようなことってこのくらいシンプルなんじゃないかという実感はある。

小沢健二はんぜ主題歌を歌ったのか
主題歌を歌う小沢健二にも触れておいたほうがいいのかな。

原作の岡崎京子と小沢健二は親友で、その関係から「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」が主題歌として書き下ろされることになったんだと思うのだけど、そもそもこの作品に出てくる山田一郎は小沢健二か小山田圭吾をイメージしてたんじゃないかという気がしてならない。

気がしてならないというか、多分そうなんだけど、名前の雰囲気から小山田の方かな。そして、それを小沢健二も承知しているから「アルペジオ」の歌詞の中に「その彼女は僕の古い友と結婚し子ども産み育て離婚したとか聞く」という一節で、「古い友」として登場させたのか・・・なんて思っているんだけど。オザケン的には大サービスだよね、これ。岡崎京子作品だからここまでサービスしてくれるのかな。

山田一郎に恋する田島カンナはこれでもかというくらいオリーブ少女で、これも山田が小山田ないし小沢であることの根拠のひとつ。

岡崎京子は最終的に田島カンナを悲惨な死に方で描いていて、これはオリーブ少女のある種の薄っぺらさみたいなものに岡崎京子自身が違和感を感じていたからということかもしれない。そんな気もするし、あるいは小沢健二や小山田圭吾からオリーブ少女の鬱陶しさを散々聞いていてたから、彼らに代わってオリーブ少女に天誅を与えたという内輪受けな話である気もする。

渋谷系は終わった

この映画を観たのは2018年の2月。金曜日の夜に渋谷の映画館で観たのだが、驚くほど人が少なかった。

公開翌週だったからかもしれないけど、いままでこんな空いた映画館見たことないぞというくらい人がいなかった。渋谷でこの客入りなら、地方は壊滅的だろうと。

小沢健二まで引っ張り出してのこれだから、まあ渋谷系は終わったと思ったよね。終わったというか、若者がカルチャーっぽいものに伝染する時代じゃなくなったようにも思える。

サブカルの雛形が出揃った革命的な90年代は、実はリアルタイム勢が変に力んでいるだけで、いまの若者から見たら少々古臭くてナンセンスなサブカル…なんだよね、きっと。

ただ、映画自体が悪かったかというとそうでもない。主役の2人は彼らなりに作品を深く理解していた様子がうかがえたし、田島カンナの狂気とか、観音崎のチーマーっぽい佇まいとか、脇役も93年当時の空気感を漂わせていた。

この作品の予兆的部分が評価されているって冒頭に書いたけど、その予兆した内容が決して明るいものではなくて、いま現在、完全に現実になりつつあるところが90年代を知る30代~40代にはキツいのかなという気もする。懐メロ的に楽しむことは決してできない作品です、ハイ。

リバーズ・エッジ
監督:行定勲
原作:岡崎京子
脚本:瀬戸山美咲
製作:斉藤剛、中山道彦
キャスト
二階堂ふみ:若草ハルナ
吉沢亮:山田一郎
上杉柊平:観音崎
SUMIRE:吉川こずえ
土居志央梨:ルミ

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Posted by mzmktr